デス・オーバチュア
第198話「ヴァナルガント(破壊の杖)」



森の中に錫杖の音が鳴り響く。
其処に居たのは、禍々しい灰色の鎧とマントを纏った灰色金髪(アッシュブロンド)の髪の幼い少女、ウルド・ウルズだった。
「…………」
ウルド・ウルズは二本の錫杖の柄先を連結させ、両先端に環を持つ一本の長い錫杖を生み出すと、頭上で超高速で大回転させる。
「…………落ちよっ!」
「うぐっ!?」
そして、凄まじいスピードでウルド・ウルズに向かって飛んできた彼女よりも巨大な黒い物体を錫杖で打ち落とした。
「…………」
「くっ……痛っ……」
ウルド・ウルズは前方で蹲っている物体……ゴシックロリータなファッションの少女を見下ろす。
「……痛いのですか?」
「……当たり前です……」
ゴシックロリータなファッションの少女……Dは錫杖で叩かれた後頭部をおさえながら立ち上がった。
「ふむ、普段から常に物質を擦り抜ける体なわけではないのですね」
ウルド・ウルズは、長い錫杖を元の二本の錫杖に戻すと、柄先を大地につけ音を鳴らす。
「……確か、貴方は……灰色の『鴉』……?」
Dは己の記憶から、この灰色の幼い少女についてのものを検索した。
以前、面識が有ったような無いような……やっぱり、噂に聞いただけのような……はっきりしないが、まったく知らない存在ではない。
「ウルド・ウルズとお呼びください。ここで出会ったのも何かの縁……占いはいかがですか、闇の姫君?」
ウルド・ウルズは瞳を閉ざしたまま、口元に微笑を浮かべた。
「……間に合っていますわ……それに、わたくし、占いの類はあまり信用していませんので……では、失礼致します」
「……それでは、『過去』に御用はありませんか?」
踵を返し、吹き飛んできた方向へと歩き出そうとしたDを、ウルド・ウルズはそう言って引き留める。
「……過去?」
Dはウルド・ウルズの言葉に興味を持ったのか、彼女の方を振り返った。
「貴方をここへと飛ばした存在の正体を知りたくはありませんか? 貴方は知っている……ただ忘れているだけ……」
「知っている?……うっ……」
一瞬、頭痛のようなものを感じ、Dは額を右手でおさえる。
「……まさか、あんな戯れ言が真実だとでも……?」
吹き飛ばされる直前、あの女が呟いた言葉が脳裏を掠めた。
「……『愚かな……よ』……」
「えっ?」
Dの脳裏を掠めた言葉を、ウルド・ウルズが口にする。
「こういったことは原初の細胞の担当のような気も致しますが……これも過去を司る女神としての役目……余計なお世話を焼かせていただきましょう……」
「何を……?」
「RAD!」
ウルド・ウルズは右手に持った錫杖の先端をDの額に突きつけた。



「百の雷に貫かれろ! 百雷撃(ハンドレットサンダーボルト)!」
ランチェスタは雷を宿した左拳を連続で放った。
「…………」
アンブレラは百の雷拳を全て、最小限の体捌きでかわしきる。
「集束雷撃(クラスターサンダーボルト)!」
百一発目の雷撃として、今までとは桁違いの爆雷を纏った右拳が突き出された。
「ほう……」
アンブレラは僅かに感心したような声を漏らしながら、紫黒の輝きを放つ左手で集束雷撃を掴み取る。
「その傷ついた拳で、その技を放つとは……感心したわっ!」
紫黒に光り輝く左爪(ディーペスト・クロー)が、ランチェスタの右手を手首から『噛み砕い』た。
「きゃあああああああああああああっ!」
ランチェスタの悲鳴と共に、手首から先が無くなった右手から勢いよく鮮血が噴き出す。
「でも、拳が無くなったら、流石にもう殴れないわよね?」
「……つっ、くうっ!」
悲鳴を無理矢理噛み殺すと、雷撃を纏った左拳を突きだした。
「まだ、左がある? 本当に見上げた執念ねっ!」
紫黒に光り輝く右手が、突き出されたランチェスタの左手首を掴んだ。
「ディーペスト・フィンガー!」
「ぐうううぅぅっ!?」
嫌な音を響かせ、ランチェスタの左手首が無惨に握り潰される。
「これでもう両手共使えないわね」
「つううっっ……百雷……」
「あの子に術の構築が遅いと言われなかった? ディーペスト・フェザー!」
ランチェスタは周囲に雷球を生み出していくが、百の雷球を作り上げる前に、アンブレラの背中に生えた紫黒の光翼から、無数の紫黒の光羽が撃ちだされた。
「あああっ!」
無数の光羽に撃ち抜かれながら、ランチェスタが吹き飛んでいく。
「しばらく寝てなさい……グラビトロン!」
追撃で放たれた巨大な重力球(グラビトロン)が、ランチェスタに追いつくと大爆発した。
「さて……私の力はよく『観察』できたかしら、風の魔王?」
アンブレラは爆発を見届けると、黙って佇んでいたセルへと視線を移す。
「人聞きの悪いことを……ただ単に援護する間がなかっただけ……最愛の友であるランチェスタをあなたの今の実力を計る当て馬になどしませんよ」
セルは涼しげな表情でそう答えた。
「嘘吐き」
アンブレラは可笑しそうに微笑を浮かべる。
「まあ、ランチェスタのお陰で、あなたがかなり消耗していることだけは解りました」
「フフフッ、まあね、剣の魔王と一戦交えた後だもの……質はともかくエナジーの残量は貴方の方が上なんじゃないかしら?」
セルの推測に基づく指摘を、アンブレラはあっさりと認めた。
「あの時とは順序が逆ですね……私達があなたを弱らせて、ゼノンが仕留めた……今回はゼノンが弱らせたあなたを私が倒すとしましょう」
天にかざした右手の掌の上に翠玉色の風が渦巻きだす。
「私を倒す? 貴方如きが? 先代魔王四人がかりでやっと倒せたのを忘れたの? 確かに、ゼノンとの戦いで全エナジーの三分の一ぐらいは消費したけど……貴方程度なら百人は余裕で倒せるわ」
「それは私を侮りすぎです……あなたこそ忘れたのですか? 私につけられた痛みと傷を……」
掌の上の翠玉の風は、セルよりも巨大な渦巻く風の球体と化した。
「そうね、百人は言い過ぎだったわ……では、また見せてもらおうかしら、魔王の端くれとしての意地を……」
「ええ、見せて差し上げましょう、あなたが望むならっ!」
渦巻く風の球体が弾けたかと思うと、セルの右手に一振りの杖が握られていた。
それは杖と呼んでいいのだろうか?
均質な細長い金属の棒をU 字形に曲げ、中央に柄をつけたようなモノ……つまり、巨大な『音叉』のような杖だった。
「…………」
セルは音叉の杖の柄先を大地に突き立てる。
しかし、特に何も起こる気配はなかった。
「超音波の結界か……本当、蝙蝠みたいね……そんなに目を使うのが嫌?」
何も起きていないようだが、音叉の杖は周囲に超音波を発しているのである。
セルは、放った超音波の反射を耳で聞き、肌で感じ、周囲の全ての存在の位置を知ることができるのた。
普段から、目を使わず、耳や肌で全てを感じ取る……『視る』セルだが、超音波発生器でもある音叉の杖を使うことで、その精度を格段に飛躍させることができるのである。
「フフフッ……ディーペスト・フェザー!」
アンブレラは背中の紫黒の光翼から、無数の光羽を放射した。
「……」
セルが右手に持った音叉の杖を前方に突き出すと、紫黒の光羽が音叉の先端に届く前に全て消滅していく。
「我が結界……音の領域は、物体の位置を把握するためだけのモノではありません」
「ふん、破壊目標を構成する物質を瞬時に把握し、固有振動数に同調させた超高周波振動を放出し粉砕する……ありきたりな武器ね」
「ええ、そうですね……ですが、我が魔杖『ヴァナルガンド(破壊の杖)』は、科学的な物質だけでなく、エネルギー体だろうと、精神体だろうと、霊体だろうと、あなたのような闇の塊だろうと一切の例外なくあらゆる存在を『粉砕』します……余り甘く見ないことですね」
そう宣言すると、セルはヴァナルガンドの先端をアンブレラへと向けた。
「私を傷つけられる武器を得ただけで強がらないことね。ただ単に、貴方は私に攻撃できる、戦えるようになっただけ……それだけで私より強くなったわけでも、勝てるわけでもない……」
「ええ、後は……私の『腕』次第ですねっ!」
セルは一歩踏み込むと、ヴァナルガンドを槍のようにアンブレラへと突き出す。
「……っ!」
アンブレラは、紙一重ではなくかなり余裕をもって回避したが、彼女のドレスの飾りが一つ突然霧散した。
「フッ、ヴァナルガンドの『当たり判定』は、目に見える先端だけではなくかなり広範囲の空間ですので御注意ください」
セルは言うなり、再びヴァナルガンドをセルへと突きつける。
「とっ!」
アンブレラは直前に跳躍してその一撃をかわした。
「逃しません!」
セルは凄まじい速度で連続突きを放つ。
ヴァナルガンドの効果範囲は実際の刃先より遙かに広範囲なため、かなりの余裕を持って回避せねばならず、避け続けるアンブレラにも余り余裕が無さそうだった。
よく見ると、ヴァナルガンドが突き出される度に、その周囲の空間が『歪んで』いるのが解る。
ヴァナルガンドの起こす凄まじい音圧が、大気の密度を大きく歪め、そのため光の屈折率が変化しているためだ。
「確かに嫌な武器ね……ディーペスト・クローで受けようにも、瞬時に私の闘気や爪に同調させた固有振動数を出されてはね……」
触れた瞬間、全てを崩壊させる、それがヴァナルガンドの恐ろしさである。
斬るのでも、砕くのでもない、分解させるといった方が正確な力だった。
その力の前には、神銀鋼だろうと、魔極金だろうと、神柱石や異界竜の鱗ですら例外なく粉砕されるだろう。
硬さや威力とは別次元の力、効果だからだ。
「でも、科学というか物質よりの武器であることは変わらない……やはり有効なのは硬度ではなくコレかしらっ!」
アンブレラは、突き出されたヴァナルガンドの先端に、右手のディーペスト・クローを叩き込む。
爆発するように、ヴァナルガンドとアンブレラの紫黒に輝く右手が弾かれた。
「消される傍から、闘気を新たに放出し続ける……思った通り、これが一番有効ね……」
アンブレラの右手の紫黒の輝きは、彼女が意識して消すまでもなく、ヴァナルガンドによって掻き消されている。
「吼えよ、ヴァナルガント!」
「くっ!」
アンブレラが空高く跳躍し回避すると、ヴァナルガントの先端を中心とした空間が今までとは段違いに歪んだ。
「ディーペスト・フェザー!」
「無駄です!」
空から無数の紫黒の光羽が降り注ぐが、セルがヴァナルガントを突き出すだけで、光羽は全て音叉の先端がある空間で消滅していく。
ヴァナルガントは、攻撃だけでなく、防御にもとてつもなく有効に使える武器だった。
「羽じゃ足りない? それなら……アアアアアアアアッ!」
アンブレラが、己の体を強く抱き締めると、背中の紫黒の光翼が爆流の如き勢いで放出され、二匹の紫黒の光龍と化し、セルを目指す。
「我が翼よ、思う存分貪りなさい!」
紫黒の龍が同時に、セルを呑み込もうと大口を広げるが、セルはヴァナルガントを突きだし、前方に振動波による崩壊領域をシールド(盾)のように形成し、二匹の龍の顎に抗い続けた。
ヴァナルガントは、紫黒の龍を崩壊領域で分解し続けているのだが、崩れる傍からアンブレラが紫黒の光輝を龍に注ぎ込んでくるため、完全に崩壊させることができない。
見た目には、セルが張っている目に見えない巨大な盾を、二匹の龍の顎が噛み砕こうとしているかのようだった。
撃ちだされた弾丸や光線だったなら、とっくにヴァナルガントの崩壊領域によって掻き消されていただろう。
だが、紫黒の龍はいまだにアンブレラの背中と繋がっており、彼女が『力』を込め続ける限り、消滅することはなく、その強さや激しさを際限なく増し続けていた。
「くぅぅっ……」
寧ろ、セルの方が、ヴァナルガントを使用し続けるのが辛くなっているようである。
ヴァナルガントは、所有者であるセルがエナジーを注ぎ込むことで、その力と効果を発揮するのだ。
強い効果を望むなら大量にエナジーを、効果を維持させるためには常にエナジーを注ぎ続けなければならない。
「貪り尽くせっ!」
「くっ……うおおおおおおおっ!?」
ついに、紫黒の双龍の顎が、ヴァナルガントの崩壊領域のシールドごとセルを噛み砕いた。








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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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